BAD PAPAの気ままな日々


by hisayuki320
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★ 拝啓、兄上殿

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朝から親父殿が騒ぎだす!
「いけねーっ!今日は神社の会合なんだが、お寺にも行くんだった!!
おいっ、代わりにお寺に行ってくれないかぁ~っ?」とカミさんに頼む親父殿

「ダメだよっ!今日はフラワーアレンジの教室に行くんだからぁ~っ」( ̄、 ̄)とカミさん

「hisayuki~っ!hisayuki~っ!!」と近所中に聞こえるような声で呼び出す親父

「何よっ?」と親父のもとに行くと

「お寺に行ってくれヨ! おかしいなぁ?スケジュール書いておいたんだがなぁ??」と親父殿

スケジュールの記入してあるカレンダーには「神社会合」としか書いてない・・・・(ーー;)

それにしても神社の用とお寺の用をダブルブッキングしちゃうなんて、なんて罰当たりなぁ~っ(>人<*)





まぁ、雨だし野良仕事はできないし
ご先祖様は大事ですしネッ!

近所のおばちゃんと一緒にお寺に向かう

本日は「水子供養」也

オイラの兄貴は難産で亡くなってる
今の時代なら全然平気だったのだろうが
産婦人科なんて殆ど無い、お産婆さん全盛期だったしねっ!
何体も並ぶ小さなお地蔵さんのプレートに、近所の家の親戚や知り合いの名前がケッコウあり
当時の農家の嫁さんは大変だったんだなぁ~っ・・・と
自分が幼い頃の記憶では、村落に共同で購入した耕運機が一台だけ
田植え機だぁ、稲刈り機だぁなんてある訳がない
嫁さんや子供だってバリバリに使われちゃうのである
姉貴が産まれた時なんて、お袋さんは当日田植えをしていたそうで
今では考えられない世界でもある
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そして、兄貴が生きていてくれればオイラは次男坊であり、人生もかなり変わっていた事だろう・・・
オイラがそんな事実を理解できる年齢になった時
辛い農作業や数々の行事にウンザリしながら「兄貴が生きててくれたら・・・」と何度も思った物でもある

今、五十に手が届くようになり
手を合わせながら「兄貴の分も・・・」と祈りながらも
「俺だって生きてたかった!」と言われるのは分かってながらも
「兄貴が生きててくれたら・・・」と
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by hisayuki320 | 2010-03-24 22:43